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☆☆☆ 時空を超え、日本文学の旅に出かけよう ☆☆☆

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お勧め本(その1)


 書  名 『書を捨てよ、町へ出よう』(角川文庫)
 著  者 寺山修司 
 解  説  1967年3月、芳賀書店より刊行された挑発的エッセイ集。 どの文章も、若者に向けた毒を含む寺山の痛快なメッセージがある。 例えばこんな文章ー「ぼくは速さにあこがれる。ウサギは好きだが カメはきらいだ。ところが、親父たちはカメに見習えというのだ。 カメの実直さと勤勉さ、そして何よりも『家』を背中にくっつけた 不恰好で誠実そうな形態が、親父たちの気に入るのだろう」。 世の中にはびこる「親父」的感性を蹴飛ばした、生き方入門の書。  「読書のすすめ」に「書を捨てよ」と題された本を 取り上げるのはへそまがりだろうか?寺山はけして「読書」を 侮蔑しているわけではない。彼の関心はあらゆる分野に向けられている。 不良、家出、競馬、サッカー、自殺、そして様々のメディア。 寺山は1971年にこの書と同名の映画を撮っている。彼は「作家」 という枠組みに収まる人間ではない。ここで言う「親父」とは、 いつの時代にも存在する人間を無意識に拘束する感性のようなものだ。 青森に生まれ、厳格な警察官の父に育てられた寺山は、常にそれを嫌悪し、 自分を囲い込むものからの「家出」を繰り返した。また彼を読むことで、 同じ東北出身の石川啄木や宮沢賢治にも意識が向く。フリーターやニートが 常態化した今の日本の中で、寺山はどのように読めるだろうか。 私は孤独の中の「勇気」のようなものを、彼の表現に感じる。 図書館にある『ちくま日本文学全集2 寺山修司』も読んでみよう。 最後に私の好きな寺山の短歌を一つ。 「なまぐさき血縁絶たん日あたりにさかさに立ててある冬の斧」 【中山弘明】

 書  名 『文学テクスト入門』(ちくま学芸文庫)
 著  者 前田愛 
 解  説  志半ばにして病に倒れた前田愛氏の晩年の代表的論考です。 中身は、いわゆる「作品」の読み解き方に対する方法論です。 方法論などという言い方をすると、とても難解な書物に思えて しまいますが、そこは前田氏の独特な語り口で、読み手にそれ ほどの抵抗感を与えません。基本的にはw・イーザーなどの 読者論という切り口を踏襲していますが、書き手と読み手の、 本来あるスリリングな姿が見事に提示されていて、知的興奮を 誘う一冊です。と同時に、日本文学科で学ぶ学生として、 「文学研究」のイロハが示されている本ですので必読の文献と 言ってよいと思われます。今日の日本文学研究、とくに近代・ 現代の文学を分析しようと考えているのなら、ここに示された 視点や方法がそれらの基礎的な部分を作り上げていることに 気付くはずです。もう少し述べるのなら、ここに示された方法を 理解しなければ、近代・現代に文学は理解が難しいとも 言えましょう。秋の夜長、面白い本を読むことも楽しいですが、 たまにはちょっとだけ論理的な書物を読んで頭のスタミナを鍛えて みてはいかがでしょう。きっと、こうした知的な体験は、今後の 大学生活での刺激になると思います。さあ、まず1ページ読んで みることから始めてみましょう! 【上田穂積】

 書  名 『俳句という愉しみ −句会の醍醐味−』(岩波新書)
 著  者 小林恭二 
 解  説  当代を代表する俳人たち(歌人も加わる)が、結社・流派の枠を 超えて集い、句会という席で、創作と批評との壮絶なバトルを繰り広げる。 張り詰める緊張と笑いとが混在する句会の記録。同じ著者による、同様の 句会の記録である『俳句という遊び』(岩波新書)もあり、こちらが先行作 である。敢えてどちらか一冊を選ぶとすれば、作品の出来も面白さもさらに アップしていると思われる第二作の『俳句という愉しみ』をお勧めしたいが、 『俳句という遊び』も是非ひもといてみてほしい。 読みどころ 俳句とはこんなにもスリリングで面白いものであったのか と驚かれるだろう。本書にあふれる高度な笑いに引き込まれつつ、俳句を 〈詠む/読む〉ことの豊饒な世界へと読者は誘われるに違いない。【下田祐輔】

 書  名 『ダフニスとクロエー』(角川文庫)
 著  者 ロンゴス作 呉茂一訳 
 解  説  レスボス島のミュティレーネという美しい町を舞台とした、 ローマ時代の恋物語である。だからこの作品はさしずめ恋愛小説の 古典ということになろうか。作者ロンゴスについては何も伝わらない。 ただその名前からしてギリシャ人ではなくローマ人であるらしいことが わかっているくらいである。写真の角川文庫本はとおの昔に絶版である。 1987年に岩波文庫から松平千秋氏の訳が出たが、これも今は品切れ 重版未定である。しかし『筑摩世界文学大系4 ギリシャ・ローマ劇集』 に呉茂一氏の訳が収められているので、これを読んでほしい。 この作品はヨーロッパの絵画や音楽の題材ともなり、ラヴェルは、舞踊 音楽「ダフニスとクロエ」を作曲している(CDで聴くならエルネスト・ アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の演奏がいい)。 また、1951年から1952年にかけての世界一周旅行でギリシャ文化に 感化された三島由紀夫は、この作品に着想を得た『潮騒』を1954年に 発表している。【近藤政行】 

 書  名 『シャーロック・ホームズの冒険』(新潮文庫)
 著  者 コナン・ドイル作 延原 謙訳 
 解  説  1892年刊行のミステリー短編集。名探偵ホームズの名を 世の中に知らしめた記念碑的作品。医学博士ワトソンとの絶妙の やりとりの中に、ヴィクトリア朝のイギリス社会が鮮やかに浮かび上がる。 『赤毛同盟』、『ボヘミアの醜聞』、『唇のねじれた男』、 『オレンジの種五つ』、『まだらの紐』などの秀作が並んでいる。
 「名探偵コナン」は知っていても、その名がコナン・ドイル からとられていることを知らない人が多い。同じようにホームズなんて 古くさいと頭から決めつけてはいないだろうか。天才ホームズと、凡人 ワトソンの巧妙な対話は、ストーリーテラーのドイルの面目を示している。 ホームズが事務所を構えたベーカー街221Bには、今も多くのミステリー マニアが訪れるという。長編『緋色の研究』、『バスカーヴィル家の犬』 も傑作。続けて、「ルパン」や「金田一少年」の起源となった作品も 読んでみよう。これらを読まずに、ミステリーマニアなどと言うなかれ。【中山弘明】  

 書  名 『いろはうた』(講談社学術文庫) 
 著  者 小松秀雄 
 解  説  日本語を習得するために、わたくしたちはまず小学校において 「五十音図」を学ぶ。しかし、かな文字を学ぶ方法はそれだけではない。 「伊呂波歌」と呼ばれる四十七文字の覚え方が存在している。 著者の小松英雄はその成り立ちの背景からその意味までを日本語史の 一環としてとらえ、広大な〈知〉の領域を提示している。 日本語コミュニケーションA・Bを学ぶ一年生のみならず、日本文学科の 学生全員に読んでおいて欲しい一冊である。教員になりたい学生は もちろんのこと、将来父親や母親になるであろう一人の人間として、 自分の子どもにひらがなをきちんと教えられないような恥ずかしいこと にならないようにするための必須のアイテムである。 【上田穂積】  

 書  名 『十二夜』(岩波文庫)
 著  者 シェイクスピア作 小津次郎訳 
 解  説  シェイクスピアと聞くと身構えてしまうかもしれない。 だが、この作品は喜劇に分類されるものなので、あまり堅苦しく 考えないでほしい。とにかく、シェイクスピアといえば、名言の 宝庫である。それは単なる美辞麗句ではなく、言葉の持つ ほんとうの力でインパクトを与えわたしたちを魅了する。 たとえばこの作品で言えば、オリヴィアを恋するオーシーノウ公爵 の台詞「女の胸は、今のわたしの心に波打っているほどの激しい 情熱の鼓動に耐えられるものではない。これほどの大きな愛情を いだくには、女の心は小さすぎる。いや、いだきつづける力が ないのだ。情けない話だが、女の愛は食欲に似ている。深い心の 働きからではなく、口淋しいだけのことだ。満腹すれば、すぐ いやになり、吐き気を催す。だが、わたしの愛は違う。海のように 貪欲で、消化力が旺盛だ。」(岩波文庫57ページ)ただこれは 女性に対して失礼な言い草であろう。しかしそれも、作品の中の 人物造形の一つと考えていただきたい。いずれにせよ、「楽しい 恋愛劇」と「言葉のパンチ力」を味わいたい人にお勧めする一冊 である。 【近藤政行】  

 書  名 『良寛詩集』(平凡社 東洋文庫757) 
 著  者 入矢義高 訳注 
 解  説  江戸時代の越後の僧、良寛(りょうかん 1758〜1831) が作った漢詩を集成し、分かりやすい現代語に訳した書。訳注者は 中国文学者であり、ことに禅の思想・文学に造詣が深い。良寛の詩の 多くは、禅の思想に裏打ちされており、深遠であるが難解でもある。 そのような良寛詩のよき道案内となる書である。本著作は『日本の 禅語録20 良寛』(1978年刊)以来、さまざまに書名を変えながら版を 重ね、2006年に東洋文庫に入った。息長く読み継がれているのは本書の 特長を裏付けているといえよう。
   良寛は越後国出雲崎の名主の跡継ぎとして生まれたが、 青年期に煩悶の末、出家し、禅寺で修行、諸国行脚の後、故国越後で一介の 乞食僧として暮らした。後半生における、子供たちとの遊びなどの愉快で 親しみ深い逸話が一般に有名であるが、実は厳しい求道の人でもあった。 その精神の遍歴が詩に克明に詠まれている。それは悩み苦しみながら生きる 私たちにとっての道しるべの灯となるだろう。【下田祐輔】  

 書  名 『日本文学史序説』(ちくま学芸文庫) 
 著  者 加藤周一 
 解  説  先年亡くなった最後の戦後派、加藤周一の代表作。これまでにも 多くの「文学史」が書かれてきたが、いわゆる研究者たちがこれまでに 書いてきた「文学史」とは異なる視座を提供した問題作である。従来の 固定観念に囚われない発想は、一読の価値がある。上下の大部の著作 だが、日本文学科の学生たるもの一度は挑戦しておきたい書物である。 これを読んでおくと、文学史A・Bの内容が俄然と興味深く見えてくる のではないだろうか。 【上田穂積】  

 書  名 『なぜ国語を学ぶのか』(岩波ジュニア新書) 
 著  者 村上慎一 
 解  説   「なぜ国語を学ぶのか」。この疑問は、誰しも一度は感じたことが あるのではないだろうか。小学生のころは、社会生活を営む上で必要な漢字や 言葉をまだ十分習得していないから、国語を学ぶことにそれほど疑問は感じ なかったかもしれない。中学生になると本格的に英語学習が始まるが、英語は 外国語であるため、文字・発音・語彙・文法すべてについて一から学ばなければ ならない。それに対して日本語は、一応不自由なく読み書きができるので、 とりわけ文法を学ぶことに疑問を感じた人が少なくないのではあるまいか。 とは言え、現代日本語の文法は、きちんと学んでおけば、論理的な文章を書く のに役立つとも言える。では、古典文法を暗記してまで古文を学ぶ理由などある のだろうか。ましてや現代社会においてはほとんど目にすることのない漢文(古代 中国の古典)を勉強する意味なんて…。こう考えてくると、なかなか明快な答えを 出すのは難しいことのようにも思える。本書は、こうした疑問に答えるべく、先生 と生徒との対話形式で叙述されている。明快な答えがすぐに出てくるわけではないが、 日本文学科で「日本文学・日本語学」を学ぼうとする学生の道しるべとなることは 間違いない。また、教職(国語)を取得しようとする学生には必読の書である。【青木毅】  

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