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☆☆☆ 時空を超え、日本文学の旅に出かけよう ☆☆☆

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お勧め本

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 書  名 『書を捨てよ、町へ出よう』(角川文庫)
 著  者 寺山修司 
 解  説  1967年3月、芳賀書店より刊行された挑発的エッセイ集。 どの文章も、若者に向けた毒を含む寺山の痛快なメッセージがある。 例えばこんな文章ー「ぼくは速さにあこがれる。ウサギは好きだが カメはきらいだ。ところが、親父たちはカメに見習えというのだ。 カメの実直さと勤勉さ、そして何よりも『家』を背中にくっつけた 不恰好で誠実そうな形態が、親父たちの気に入るのだろう」。 世の中にはびこる「親父」的感性を蹴飛ばした、生き方入門の書。  「読書のすすめ」に「書を捨てよ」と題された本を 取り上げるのはへそまがりだろうか?寺山はけして「読書」を 侮蔑しているわけではない。彼の関心はあらゆる分野に向けられている。 不良、家出、競馬、サッカー、自殺、そして様々のメディア。 寺山は1971年にこの書と同名の映画を撮っている。彼は「作家」 という枠組みに収まる人間ではない。ここで言う「親父」とは、 いつの時代にも存在する人間を無意識に拘束する感性のようなものだ。 青森に生まれ、厳格な警察官の父に育てられた寺山は、常にそれを嫌悪し、 自分を囲い込むものからの「家出」を繰り返した。また彼を読むことで、 同じ東北出身の石川啄木や宮沢賢治にも意識が向く。フリーターやニートが 常態化した今の日本の中で、寺山はどのように読めるだろうか。 私は孤独の中の「勇気」のようなものを、彼の表現に感じる。 図書館にある『ちくま日本文学全集2 寺山修司』も読んでみよう。 最後に私の好きな寺山の短歌を一つ。 「なまぐさき血縁絶たん日あたりにさかさに立ててある冬の斧」 【中山弘明】

 書  名 『文学テクスト入門』(ちくま学芸文庫)
 著  者 前田愛 
 解  説  志半ばにして病に倒れた前田愛氏の晩年の代表的論考です。 中身は、いわゆる「作品」の読み解き方に対する方法論です。 方法論などという言い方をすると、とても難解な書物に思えて しまいますが、そこは前田氏の独特な語り口で、読み手にそれ ほどの抵抗感を与えません。基本的にはw・イーザーなどの 読者論という切り口を踏襲していますが、書き手と読み手の、 本来あるスリリングな姿が見事に提示されていて、知的興奮を 誘う一冊です。と同時に、日本文学科で学ぶ学生として、 「文学研究」のイロハが示されている本ですので必読の文献と 言ってよいと思われます。今日の日本文学研究、とくに近代・ 現代の文学を分析しようと考えているのなら、ここに示された 視点や方法がそれらの基礎的な部分を作り上げていることに 気付くはずです。もう少し述べるのなら、ここに示された方法を 理解しなければ、近代・現代に文学は理解が難しいとも 言えましょう。秋の夜長、面白い本を読むことも楽しいですが、 たまにはちょっとだけ論理的な書物を読んで頭のスタミナを鍛えて みてはいかがでしょう。きっと、こうした知的な体験は、今後の 大学生活での刺激になると思います。さあ、まず1ページ読んで みることから始めてみましょう! 【上田穂積】

 書  名 『俳句という愉しみ −句会の醍醐味−』(岩波新書)
 著  者 小林恭二 
 解  説  当代を代表する俳人たち(歌人も加わる)が、結社・流派の枠を 超えて集い、句会という席で、創作と批評との壮絶なバトルを繰り広げる。 張り詰める緊張と笑いとが混在する句会の記録。同じ著者による、同様の 句会の記録である『俳句という遊び』(岩波新書)もあり、こちらが先行作 である。敢えてどちらか一冊を選ぶとすれば、作品の出来も面白さもさらに アップしていると思われる第二作の『俳句という愉しみ』をお勧めしたいが、 『俳句という遊び』も是非ひもといてみてほしい。 読みどころ 俳句とはこんなにもスリリングで面白いものであったのか と驚かれるだろう。本書にあふれる高度な笑いに引き込まれつつ、俳句を 〈詠む/読む〉ことの豊饒な世界へと読者は誘われるに違いない。【下田祐輔】

 書  名 『ダフニスとクロエー』(角川文庫)
 著  者 ロンゴス作 呉茂一訳 
 解  説  レスボス島のミュティレーネという美しい町を舞台とした、 ローマ時代の恋物語である。だからこの作品はさしずめ恋愛小説の 古典ということになろうか。作者ロンゴスについては何も伝わらない。 ただその名前からしてギリシャ人ではなくローマ人であるらしいことが わかっているくらいである。写真の角川文庫本はとおの昔に絶版である。 1987年に岩波文庫から松平千秋氏の訳が出たが、これも今は品切れ 重版未定である。しかし『筑摩世界文学大系4 ギリシャ・ローマ劇集』 に呉茂一氏の訳が収められているので、これを読んでほしい。 この作品はヨーロッパの絵画や音楽の題材ともなり、ラヴェルは、舞踊 音楽「ダフニスとクロエ」を作曲している(CDで聴くならエルネスト・ アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の演奏がいい)。 また、1951年から1952年にかけての世界一周旅行でギリシャ文化に 感化された三島由紀夫は、この作品に着想を得た『潮騒』を1954年に 発表している。【近藤政行】 

 書  名 『シャーロック・ホームズの冒険』(新潮文庫)
 著  者 コナン・ドイル作 延原 謙訳 
 解  説  1892年刊行のミステリー短編集。名探偵ホームズの名を 世の中に知らしめた記念碑的作品。医学博士ワトソンとの絶妙の やりとりの中に、ヴィクトリア朝のイギリス社会が鮮やかに浮かび上がる。 『赤毛同盟』、『ボヘミアの醜聞』、『唇のねじれた男』、 『オレンジの種五つ』、『まだらの紐』などの秀作が並んでいる。
 「名探偵コナン」は知っていても、その名がコナン・ドイル からとられていることを知らない人が多い。同じようにホームズなんて 古くさいと頭から決めつけてはいないだろうか。天才ホームズと、凡人 ワトソンの巧妙な対話は、ストーリーテラーのドイルの面目を示している。 ホームズが事務所を構えたベーカー街221Bには、今も多くのミステリー マニアが訪れるという。長編『緋色の研究』、『バスカーヴィル家の犬』 も傑作。続けて、「ルパン」や「金田一少年」の起源となった作品も 読んでみよう。これらを読まずに、ミステリーマニアなどと言うなかれ。【中山弘明】  

 書  名 『いろはうた』(講談社学術文庫) 
 著  者 小松秀雄 
 解  説  日本語を習得するために、わたくしたちはまず小学校において 「五十音図」を学ぶ。しかし、かな文字を学ぶ方法はそれだけではない。 「伊呂波歌」と呼ばれる四十七文字の覚え方が存在している。 著者の小松英雄はその成り立ちの背景からその意味までを日本語史の 一環としてとらえ、広大な〈知〉の領域を提示している。 日本語コミュニケーションA・Bを学ぶ一年生のみならず、日本文学科の 学生全員に読んでおいて欲しい一冊である。教員になりたい学生は もちろんのこと、将来父親や母親になるであろう一人の人間として、 自分の子どもにひらがなをきちんと教えられないような恥ずかしいこと にならないようにするための必須のアイテムである。 【上田穂積】  

 書  名 『十二夜』(岩波文庫)
 著  者 シェイクスピア作 小津次郎訳 
 解  説  シェイクスピアと聞くと身構えてしまうかもしれない。 だが、この作品は喜劇に分類されるものなので、あまり堅苦しく 考えないでほしい。とにかく、シェイクスピアといえば、名言の 宝庫である。それは単なる美辞麗句ではなく、言葉の持つ ほんとうの力でインパクトを与えわたしたちを魅了する。 たとえばこの作品で言えば、オリヴィアを恋するオーシーノウ公爵 の台詞「女の胸は、今のわたしの心に波打っているほどの激しい 情熱の鼓動に耐えられるものではない。これほどの大きな愛情を いだくには、女の心は小さすぎる。いや、いだきつづける力が ないのだ。情けない話だが、女の愛は食欲に似ている。深い心の 働きからではなく、口淋しいだけのことだ。満腹すれば、すぐ いやになり、吐き気を催す。だが、わたしの愛は違う。海のように 貪欲で、消化力が旺盛だ。」(岩波文庫57ページ)ただこれは 女性に対して失礼な言い草であろう。しかしそれも、作品の中の 人物造形の一つと考えていただきたい。いずれにせよ、「楽しい 恋愛劇」と「言葉のパンチ力」を味わいたい人にお勧めする一冊 である。 【近藤政行】  

 書  名 『良寛詩集』(平凡社 東洋文庫757) 
 著  者 入矢義高 訳注 
 解  説  江戸時代の越後の僧、良寛(りょうかん 1758〜1831) が作った漢詩を集成し、分かりやすい現代語に訳した書。訳注者は 中国文学者であり、ことに禅の思想・文学に造詣が深い。良寛の詩の 多くは、禅の思想に裏打ちされており、深遠であるが難解でもある。 そのような良寛詩のよき道案内となる書である。本著作は『日本の 禅語録20 良寛』(1978年刊)以来、さまざまに書名を変えながら版を 重ね、2006年に東洋文庫に入った。息長く読み継がれているのは本書の 特長を裏付けているといえよう。
   良寛は越後国出雲崎の名主の跡継ぎとして生まれたが、 青年期に煩悶の末、出家し、禅寺で修行、諸国行脚の後、故国越後で一介の 乞食僧として暮らした。後半生における、子供たちとの遊びなどの愉快で 親しみ深い逸話が一般に有名であるが、実は厳しい求道の人でもあった。 その精神の遍歴が詩に克明に詠まれている。それは悩み苦しみながら生きる 私たちにとっての道しるべの灯となるだろう。【下田祐輔】  

 書  名 『日本文学史序説』(ちくま学芸文庫) 
 著  者 加藤周一 
 解  説  先年亡くなった最後の戦後派、加藤周一の代表作。これまでにも 多くの「文学史」が書かれてきたが、いわゆる研究者たちがこれまでに 書いてきた「文学史」とは異なる視座を提供した問題作である。従来の 固定観念に囚われない発想は、一読の価値がある。上下の大部の著作 だが、日本文学科の学生たるもの一度は挑戦しておきたい書物である。 これを読んでおくと、文学史A・Bの内容が俄然と興味深く見えてくる のではないだろうか。 【上田穂積】  

 書  名 『なぜ国語を学ぶのか』(岩波ジュニア新書) 
 著  者 村上慎一 
 解  説   「なぜ国語を学ぶのか」。この疑問は、誰しも一度は感じたことが あるのではないだろうか。小学生のころは、社会生活を営む上で必要な漢字や 言葉をまだ十分習得していないから、国語を学ぶことにそれほど疑問は感じ なかったかもしれない。中学生になると本格的に英語学習が始まるが、英語は 外国語であるため、文字・発音・語彙・文法すべてについて一から学ばなければ ならない。それに対して日本語は、一応不自由なく読み書きができるので、 とりわけ文法を学ぶことに疑問を感じた人が少なくないのではあるまいか。 とは言え、現代日本語の文法は、きちんと学んでおけば、論理的な文章を書く のに役立つとも言える。では、古典文法を暗記してまで古文を学ぶ理由などある のだろうか。ましてや現代社会においてはほとんど目にすることのない漢文(古代 中国の古典)を勉強する意味なんて…。こう考えてくると、なかなか明快な答えを 出すのは難しいことのようにも思える。本書は、こうした疑問に答えるべく、先生 と生徒との対話形式で叙述されている。明快な答えがすぐに出てくるわけではないが、 日本文学科で「日本文学・日本語学」を学ぼうとする学生の道しるべとなることは 間違いない。また、教職(国語)を取得しようとする学生には必読の書である。【青木毅】  

 書  名 『ボートの三人男』(中公文庫)
 著  者 ジェローム・K・ジェローム作 丸谷才一訳 
 解  説  今の日本人にはユーモアが足りない。今の日本人は悪ふざけを やっているだけだ。ユーモアとジョークを混同している。ある辞書によれば ユーモアとは「健全な人がもっている共感者を得るような人間味あふれた おかしさ」だそうだ。その本当の意味のユーモアを感じたいなら、この本を 読んでみるといい。三人の男がボートでテームズ河を下る話である。 男三人じゃむさ苦しい?河下りじゃ退屈?そんなことはありません。 あるときは詩情あふれる紀行文、あるときは抱腹絶倒の奇行文? ちょっと皮肉も混じった愉快痛快なユーモア小説です。【近藤政行】

 書  名 『図説俳句大歳時記』全五巻(角川書店)
 著  者 角川書店編 
 解  説  俳句を詠むに際して不可欠である季語を分類し、解説や例句を 付したのが「歳時記」。江戸時代から今日に至るまで、大小様々な歳時記 が編まれ、用いられている。本書はそのなかでも最も大規模なものに属し、 A4版の重厚な版型に、新年・春・夏・秋・冬の五巻に分けて、季語を集成・ 分類している。昭和39年〜40年刊。のちにB5版の縮刷版も出された。
 本書では、各季語について、その意味やイメージ、使われ方 といった解説ののちに、「考証」の項が備わり、当該季語の意義や用法の 歴史的変遷が古文献を引きながら辿られている。これが実作のみならず 古典作品の解釈や鑑賞に際して有意義で便利である。例句も多く掲げられ、 参考になる。以上の特長だけでも本書の価値は高いといえるのだが、ここで 本書を敢えてお勧めしたいのは、「図説」という点である。全頁にわたって、 季語に関する「図」が掲げられているのであるが、その大部分は、本書の 編集当時に撮影された“写真”である。つまり、本書刊行当時は「現代」で あった、昭和30年代の日本の都会や田舎の、四季折々の懐かしい生活・ 風俗を捉えた写真が、頁毎に繰り広げられるのである。 それがなんとも味わい深く、楽しい。【下田祐輔】

 書  名 『古典落語 志ん生集』(ちくま文庫)
 著  者 古今亭志ん生作 飯島友治編  
 解  説  本書は、昭和の大名人と言われた五代目古今亭志ん生の得意な 演目を、高座さながらに記録したものです。「読む落語」として、充分に 堪能できます。「火焔太鼓」のような滑稽ものから、「お直し」、「品川心中」 などの廓噺(くるわばなし)、「文七元結」のような人情噺まで様々に収め られています。志ん生は、桂文楽、三遊亭円生、柳家小さんなどと並び、 江戸落語の全盛期をつくりました。「飲む・打つ・買う」の三道楽を地で いったその生涯、十六回もの改名など自由奔放な生き方が、さながら落語 的とも言えます。同じちくま文庫に入っている、自伝『なめくじ艦隊』も読んで みましょう。
 落語を生で聞いたことはありますか? NHKドラマ「ちりとてちん」 以来、「大落語ブーム」と現在言われています。CDやDVDもたくさん出て います。本書をてはじめに、是非本物の落語に触れてみてください。話芸と よばれるものには、落語以外にも、漫才・講談・浪曲など様々あります。 人間の声には、人を引き込む独自の魅力があるようです。落語はもちろん 「笑い」の芸ですが、こうした語り物の世界は、実は文学の原点とも関わるの です。落語をきっかけにして、様々の芸能に関心を広げましょう。【中山弘明】

 書  名 『言葉とは何か』(ちくま学芸文庫)
 著  者 丸山圭三郎 
 解  説  「言葉とは何か」。この問いに対する常識的な答えは「言葉とは コミュニケーションの手段である」というものであろう。この答えは、 〈言葉が実際にどのような役割を果たしているか〉という実用的観点 から見れば、必ずしも間違いとは言えないかもしれない。しかし、 〈言葉はそもそもどのような存在か〉といういささか抽象的ではあるが 本質的な問いに対しては、何も答えていないに等しい。また、もう一つの 常識的な答えとしては、「言葉とは物や概念の呼び名である」という ものがある。言葉をこのように捉えるということは、言葉とそれが 指し示す事物との関係を、〈言葉に先立って物や概念があらかじめ 存在していて、それに名称が付けられた〉と理解することを意味する。 一見、何の問題もない常識的な理解のように思われるかもしれないが、 明らかに事実に反しているのである。本書は言語学の入門書とも 言えるが、エッセイ風で読みやすく、予備知識なしでも十分理解できる。 知っているようで知らない「言葉」の真実が満載で、目からうろこが 何枚も落ちること請け合いである。【青木毅】

 書  名 『春と修羅』
 著  者 宮沢賢治 
 解  説  「銀河鉄道の夜」や「セロひきのゴーシュ」など、子供にも 親しまれる名作で知られる宮沢賢治が生前刊行した唯一の詩集である。 この詩集のテクストの全容は賢治の全集などによって読めるが、賢治の 手による初刊本を再現した複製本(精選 名著復刻全集 近代文学館) によって読むこともできる。それには初刊本の誤植等もそのまま見られるが、 意を凝らした紙面や装幀から、この本に込めた賢治の思い入れをより間近に 感じることができる。ただし、初刊本刊行後も賢治は詩に推敲の筆を入れる ことをやめなかった。その推敲の過程は『新校本宮澤賢治全集』(筑摩書房) などで辿ることができる。
 賢治はこの書に「心象スケッチ」という語を冠し、「詩」ではないと 人に語っているなど、本書には作者の真意をめぐるさまざまな謎に満ちている。 「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電灯の/ひとつの青い照明です」 ということばで始まる「序」をはじめ、収録された作品はいずれも実験的であり、 ことばの万華鏡をのぞくような不思議な感覚に満ちるが、妹とし子の死への 慟哭を詠った「永訣の朝」などのような著名な絶唱も少なくない。本書を繰り ながら、読者はいつの間にか深遠な精神世界を旅することになるだろう。 その意味は私たち読者に投げかけられている。【下田祐輔】

 書  名 『影をなくした男』(岩波文庫)
 著  者 シャミッソー作 池内 紀訳 
 解  説  「影」といえば、子供のころ「影ふみ」という遊びをした。 鬼ごっこの一種で、じゃんけんで負けたものが鬼になり、その鬼に影を 踏まれると捕まってしまうので、影を踏まれまいと逃げ回るのである。 もう一つ影といえば「三尺下がって師の影を踏まず」という言葉がある。 今どきそんな殊勝な弟子はいないだろう。影どころか師の足を踏むような 輩がいても格別驚かないご時勢である。 さて、「影ふみ」も「師の影」も、わたしたちが影はその人そのものと 意識してきたことを示すと言えるのではないだろうか。では、影をなくすと 人はどうなるのだろう。この物語の主人公は、影を譲ってくれと言う男に、 「幸運の金袋」と引き換えに自分の影を与えてしまう。そして……。 この本を読んで影に興味を持った(たぶんそうなる)人には、河合隼雄 『影の現象学』講談社学術文庫も読んでほしい(実はこっちが本命だったり して)。心理学から影をとらえた名著です。【近藤政行】

 書  名 『直筆で読む「人間失格」』(集英社新書)
 著  者 太宰治 
 解  説  今年生誕百年を迎える太宰治の代表作は、誰が何と言っても、 『人間失格』です。今日紹介する本はなんと太宰自身の原稿による 本文構成になっているものです。一般的には各種文庫本で十分に読む ことが出来るテクストなのですが、そこはそれ、彼の自筆を見てみたい とは思いませんか?三十代で自栽してしまった天才的作家の筆跡は、 わたくしたちに一体何を問いかけようとしているのでしょうか。そんな ことを想像するだけで、ワクワクしてしまうでしょう。今回は、新しい 〈読書体験〉の在り方として自筆原稿から読むテクストを紹介いたします。 【上田穂積】

 書  名 『ジョン・ケージ著作選』(ちくま学芸文庫)
 著  者 ジョン・ケージ作 小沼純一編 
 解  説  筆者ジョン・ケージ(1912〜92)はアメリカの作曲家。 偶然性の音楽や図形楽譜、プリペアドピアノ(ピアノの内部に様々な 異物を入れて音を変換させるもの)を開発。ヨーロッパ中心の音楽観を 大きく転換した。いわゆる「現代音楽」の一つの基点。環境に開かれた 音楽を模索するなど、そのインパクトは今も色あせてはいない。
 音楽を聴いていますか?音楽とは何でしょう? こんな疑問を持ったら、変なやつだと思われるかもしれませんね。 この本の筆者はそんなことを真剣に考えた人です。音楽はメロディ・ ハーモニー・リズムからなると言われています。楽譜もそうした理念 から出来ています。ケージは、その根本に疑いの目を向けました。 例えば、雑音と音楽の境界をとりはらいました。ヨーロッパではなく、 東洋の発想にも関心を持っていました。こんなふうに言うと、気むずかしい 人物のように思うかも知れませんが、まったくそうではないのです。 ユーモアに満ちたその発想は、この本にも現れています。文字がひっくり かえったり、意味不明だったり…。ケージの不思議世界に遊ぶと、音楽の 聴き方が変わりますよ。【中山弘明】

 書  名 『日本語(上・下)』(岩波新書)
 著  者 金田一春彦 
 解  説  一般的に「日本語は特異な言語である」と考える向きがあるが、 その認識は正しいのだろうか。確かに、日本語と親戚関係に当たる 言語の存在も明らかになっておらず、日本語の系統はいまだ不明と 言わざるを得ない。ただし、日本語と直接的な系統関係にはなくとも、 類似の特徴(発音・表記・文法・語彙等のいずれかの側面において) をもつ言語の存在は、必ずしもめずらしくはない。  そもそも、本当に日本語の特徴を明らかにしようとするなら、何千語 もある世界の言語と比較する必要があるが、日本人はややもすれば、 英語を始めとする欧米の言語との比較において(必ずしも厳密な比較 ではなく)日本語論を展開しがちである。世界的視野で日本語を眺めて みると、日本語にしかない特徴を指摘するほうが難しいとも言える。  本書は、「日本語とはどのような特徴をもつ言語か」について、世界の 様々な言語と比較しつつ、多角的に論じたものである。とは言え、教科書 的な堅苦しさはなく、身近な具体例を豊富に挙げながら、日本語に関する 興味深い話題について語っている。その易しい語り口に引き込まれている うちに、自然と日本語の奥深さを学ぶことができる。【青木毅】

 書  名 『日本映画史100年』(集英社新書)
 著  者 四方田犬彦 
 解  説  日本に「活動写真」が輸入された明治時代からはじまり、 チャンバラ映画、弁士の活躍、戦時下の映画、戦後の東宝・松竹・日活 の全盛期、そして現在のインディーズの時代へと日本映画の盛衰を駆け 抜ける内容。コンパクトな日本文化史でもある。
 「映画って本当にいいものですね」。 レンタル店の普及によって、映画の見方が変わってしまいました。家で DVDを見るのも良いけれど、やっぱり巨大スクリーンの映画館も捨て がたい。ブルース・ウィルスだけじゃなくて、チャップリンも見ておか ないと。チャンバラ、怪獣、メロドラマ、アニメにポルノ。原節子、 石原裕次郎、山口百恵に北野武。スターやアイドルも「銀幕」の中から 生まれたのです。映画はその時代をいつも映し出して来ました。  この本を読んでいると、日本映画も捨てたものじゃないと思えてくる はずです。さぁ、映画館へ直行。 それでは「さよなら、さよなら、さよなら…」【中山弘明】

 書  名 『乱歩と東京』(双葉文庫)
 著  者 松山巌 
 解  説  さあ、もうすぐ学期末ですね。こんなうっとおしい季節には ちょっとひんやりした知性がステキ!だとは思いませんか?そうしたこと を求めていたアナタには松山巌の『乱歩と東京』が最適です。 この本は、乱歩の創作の秘密を見事に明らかにしています。と言うのも、 じつに巧妙な計算の上に作品の舞台が設定されているからです。乱歩が見ていた 東京というトポス、つまり東京という場所だからこそ紡ぎ出されてくる〈物語〉 があるのです。この本のスリリングさはその都市の分析にあります。 『怪人二十面相・伝』をご覧になったアナタ。アナタにこそ読んで欲しい 究極の一冊です。【上田穂積】

 書  名 『カオス・ポイント―持続可能な世界のための選択―』(日本教文社)
 著  者 アーヴィン・ラズロ作 吉田三知世訳 
 解  説  本書のタイトルの言葉「カオス・ポイント」とは、冒頭で 次のように説明されている。「ある系の進化の過程において、その系を 現在の状態に導いたさまざまな傾向が破綻し、系が過去の状態に戻ったり、 以前の振舞いを再現したりすることが不可能になる重大な局面。カオス・ ポイントに至った系は、崩壊(ブレイクダウン)か、あるいは、新しい 構造と新しい動作モードへの前進(ブレイクスルー)のいずれかにつながる 新しい軌道上を進み始め、逆戻りすることはできない。」
 近代文明は、地球の歴史上、かつてない速さで人間の生活と自然環境を 大きく変えてきた。それは私たちにとっても自然にとっても決して好ましい ことではない。科学技術や社会・経済などのめまぐるしい高度な発達は人間と 自然に存亡の危機をもたらしつつある。著者は、一貫した科学的思考に基づき、 この文明がまもなくその重大な局面―カオス・ポイント―に至ることを警告する。 それは崩壊の道か、新たな進化か。そのどちらに進むか、今を生きる私たち 一人一人の考え方、生き方次第で、ごく近い未来の世界は全く異なってくる というのである。いわゆる予言の類ではなく、科学的な根拠に基づいた近未来 の予測であり、しかも私たち個々の意識のありようによってそのシナリオを 作り替えることができることを具体的に提言するところが重要である。
 ところで文学においては、ここに問われているような人間の生き方についての 問題意識は夙に兆していたといえる。その意義が今、再認識されるべき時に来て いるという思いを強くする。
 まさに今、読んでおきたい一書として、手にとってほしいと思う。【下田祐輔】

 書  名 『怪しい日本語研究室』(新潮文庫)
 著  者 イワン・アーシー 
 解  説  アーシーさんは、1962年生まれのカナダ人。84年から三年間 日本の中学校で英会話講師を務めながら独学で日本語をマスターした というのだから、語学の天才だ。そのアーシーさんが「変な外人」の 視点で日本語を、またそれを使う日本人を観察したのがこの本である。 取り上げられる日本語もさることながら、おもしろく語る日本語力と洞察 の深さに敬服しないではいられない。どこから読んでも新鮮な刺激で 一杯だ。
 中でも印象に残っているのは「「てにをは」に感謝を」である。国語の 先生ならとっくの昔に言っていそうであるが、しかし先生ともなると既成の 文法にしばられてこんな説明はできないだろうと感じた。それから「属人的 な言語、属地的な言語」。ナイアガラの滝にやって来た日本人観光客が アーシーさんに「変な外人」といったそうだ。この場合日本人の方が外人 なのに。日本人はどこに行っても自分を外人だとは思わないのである。
 外国人と接する機会が少なくない今日。ここに書かれていることを十分 わきまえておくべきだろう。【近藤政行】

 書  名 『日本語の歴史』(平凡社ライブラリー)
 著  者 亀井孝・大藤時彦・山田俊雄編 
 解  説  毎日暑い!ですねえ。試験も一段落。あとは成績が送られて くるだけの日々です。こんなときには、前期に勉強した内容を深めて みてはどうでしょう。今回紹介する『日本語の歴史』全八巻は、日本語が 苦手のアナタ、その反対に教員になろうとしている人にとって最適の 本です。これを読めば、大学での日本語関係の科目はバッチリ!理解 出来ますよ。前期の単位が心配な方はこれを読んできわめてマジメに 夏休みを過ごしましょう!きっと、秋にはいいことがありますよ。【上田穂積】

 書  名 『古典文法質問箱』(角川文庫ソフィア)
 著  者 大野晋 
 解  説  古典文法と言えば、意味の分からないことを機械的に暗記させ られておもしろくないというイメージをいだいている人が多いのでは ないだろうか。確かに「機械的に暗記」するのは苦痛でしかないが、 高校までは時間の制約のため、受験に必要なことをとにかく覚えなけ ればならないという事情もあるのだろう。(国語の先生には、実は文法が 苦手という人が多いということもあるかもしれないが…)。
 しかし、時間をかけてじっくり学んでみると、文法的な事象にはいろいろと 興味深く不思議に思われることが少なくない。本書は、古典文法(表記や 発音の問題も含む)に関するさまざまな問題点・疑問点について、Q&A 方式でかみ砕いて解説しており、興味のあるところから読むこともできる。 文法に関する知識の乏しい人でも、分かるところから読んでみると、文法の 意外なおもしろさに気付くことであろう。少しでも文法に興味を覚えれば、 しめたものである。これまで無味乾燥としか思えなかった文法の勉強が 魅力的なものに(?)思えてくるに違いない。【青木毅】

 書  名 『美術の解剖学講義』(ちくま学芸文庫)
 著  者 森村泰昌 
 解  説  絵画ってなんだろう。写真とはなんだろう?  本書は気鋭の画家森村が、堅苦しい「アート」を楽しくレクチャーした もの。マネやレンブラント、ベラスケスといった古典的「名画」がなぜ 生まれたのか、本物とニセモノとは何か、「絵を描く」「絵を観る」とは どういうことかを考えさせてくれる。
 「モナリザ」は知っていますね。筆者森村泰昌は、古今の 「名画」の一部に、自分が変装して入り込む不思議なセルフ・ポート レート画家として有名です。筆者はいつも「絵を描く」ってどういうこと だろうと考えながら作品を創っているのです。実はこれが、現代アート の特徴でもあります。美術館で、何かよく分からない作品に出くわした ことがあるでしょう。何も敬遠する必要はありません。画家は見る人を びっくりさせたいのです。「高松美術館」にとりあえず行ってみましょう。 絵画に興味が出てきたら、岡本太郎の『今日の芸術』(光文社文庫)も 読みましょう。【中山弘明】

 書  名 『ブッダの真理のことば・感興のことば』(岩波文庫)
 著  者 中村元訳 
 解  説  「お経」つまり仏教の経典といえば、聞いていても全く意味の 分からぬもの、というイメージがあるのではないか。法要でお経が 読誦されるのをじっと座って聞いているのは、子供にはさながら我慢 大会だ。けれど、それは漢文で書かれたものをそのまま中国語流に 音読みしている(日本では仏教伝来以来、伝統的にそうしている)から なのであり、それに元々はインドの言語で書かれたものが漢文(古典 中国語)に翻訳されているのだ。
 ここで『真理のことば』と訳されているのはパーリ語で『ダンマパダ (Dhammapada)』と題された書であり、漢訳では『法句経』という。歴史 上の人物であるゴータマ・ブッダが説いたことが後代に伝えられ、まとめ られたものの古い一つである。そうした仏典二点を、分かりやすい現代の 日本語に訳したのが本書である。
 お経=抹香臭い、などといった先入観があるかもしれないが、本書を開く と、そのイメージは一変する。ここに書かれているのは、人間いかに生きる べきかということをめぐって説かれた簡潔な句(短詩)の集積である。それは 私たちが「仏教」というものに対して持つある種のイメージとは全く違う、 清新なものだ。誰もがそれぞれに、心に響くことば、考えさせられる一節 に出会うに違いない。
 本文の親しみやすい日本語訳に対して、それを上回る頁数を割く厳密な 訳注のすごさにも驚く。注を参照しつつ本文の句々を読み味わううちに、 深い思索の世界にいる自分に気付くだろう。 本書に所収の二仏典と同様 の原始仏典であり、その最古のものに属する仏典「スッタニパータ」を訳した 『ブッダのことば』(岩波文庫)もある。これは今回のお勧め本とは少々趣が 異なり、また難しさもあるけれども非常に興味深い。このほか同じ訳者による 類書(いずれも岩波文庫・青帯)が数点ある。【下田祐輔】

 書  名 『古典学入門』(岩波文庫)
 著  者 池田亀鑑 
 解  説  日本文学科なら古典を読もう。万葉集でも源氏物語でも徒然草 でも奥の細道でもなんでもいい。古典を読もう。しかし、普通の読者と 読書としてでなく、大学というところで日本文学を学んでいる者が古典に 向かうとき、「古典とはどういう意味か」「古典はどのように読まれるべき か」「古典から何をまなぶか」などということを考えないわけにいかない。 この本はそのような問題に答えてくれる本である。池田亀鑑氏は王朝 文学、とりわけ枕草子や源氏物語の研究で有名な学者であり、パソコン による検索が一般化してきている今日においても氏の『源氏物語大成』 の信頼性はゆるぎないものである。
 また私なども学生時代は土左日記の演習でやはり『古典の批判的処置 に関する研究』の学恩に浴した者の一人である。そこで土左日記が文献学 的に奇跡的な作品であること、そして文献学という学問の厳密さを学んだ。 だから、その池田氏の『古典学入門』を読めば、古典だけでなく、学問とは 何かという問いにも答えてくれるに違いない。【近藤政行】

 書  名 『共同幻想論』(角川ソフィア文庫)
 著  者 吉本隆明 
 解  説  さあ、今年も後半です。後期もそろそろ始まります。 秋は本当に知性の季節です。こんな季節には吉本隆明の『共同幻想論』が 最適です。わたくしたちが何気に生きているこの〈社会〉のコワーイ一面が、 じつに論理的に説明されています。柳田国男の『遠野物語』を読んだことは ありますか?この本を読むと、ゼッタイに柳田を読みたくなります。文学と 関連諸領域の学問を繋げていく本なのです。この秋、キミも「学際的」人間 になってみませんか。【上田穂積】

 書  名 『日本語はいかにつくられたか?』(ちくま学芸文庫)
 著  者 小池清治 
 解  説  現代日本語の文章は、漢字仮名交じり表記で、和・漢・洋混淆の 口語体で書かれるのが普通である。このような文章様式(文体)はどのように して成立したのだろうか。言葉が時代の流れとともに変化(変遷)することは 言うまでもないことであるが、文章(書き言葉)については、単なる自然な変遷 の結果として存在しているわけではない。その成立の背景には、多くの人に よる血のにじむような努力があったのである。
 本書では、日本の文学史・語学史・思想史の上で多大な業績を残した偉人 (太安万侶、紀貫之、藤原定家、本居宣長、夏目漱石、時枝誠記)を取り上げ、 その文学的・学問的営みの意義を検討しつつ、日本語の歴史およびその研究 の歴史について論じている。一般の日本語史や日本語学史に関する概説書 では、事象や事例をいささか平板に列挙したものになりがちであるが、本書 では、偉人の創意工夫の過程がドラマチックに叙述されており、読み物としても おもしろい。夢中になって読み進めるうちに、いつの間にか日本語史や日本語 学史の知識を身に付けることができるという、希有な本である。【青木毅】

 書  名 『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)
 著  者 東 浩紀 
 解  説  「オタク」という言葉が一般に広まってどのくらいたつでしょうか? 「オタク」は特別な男性だけの問題なのでしょうか?この本はまさにその 「オタク」の視点から現代日本の社会を分析したもの。ちょっと「哲学的」 ですが、コミック、アニメ、ゲーム、ノベル、フィギュア、カードなどを 縦横無尽に論じています。
 「自分はオタクじゃない」、そう思いつつ内心大いに不安… という人が多いのでは?心配無用。今や「オタク」こそが日本文化の核心だ と筆者は言います。誰もがケータイを持ち、ゲームやアニメを楽しんでいる 現在、日本人の感性も大いに変化したと言えるでしょう。いわゆる「萌えキャラ」 を分析しつつ、筆者はそれを「データベース消費」と命名しています。全てが フラットになった現代、そうした感性から目を背けずにゼロ年代の社会で何が 起きているかを考えてみましょう。ライト・ノベルに興味のある人は、大塚英志 『キャラクター小説の作り方』(角川文庫)もおすすめ。【中山弘明】

 書  名 『論語』(岩波文庫)
 著  者 金谷 治訳注 
 解  説  近頃は『論語』が一種のブームという。社員研修等で『論語』が 取り上げられ、雑誌で特集が組まれたりもし、また、親子で『論語』を読む 「こども論語塾」のような取り組みも盛況という。新学習指導要領では 小学校でも古典や漢文が取り入れられるとのことで、そうなると『論語』は 子どもたちにもますます身近なものになるだろう。前時代の道徳主義として 敬遠される向きもあるだろうが、今日でもこの書が活かされている場面が 多くあるということは、この書の説くところに現代の私たちの生き方にも 相通じる普遍的価値があるということを意味するのかもしれない。
 本書についての注釈や研究書はたくさんあるが、まずはシンプルにその テクストに接するというのに役立つ書の一つにこの岩波文庫版(青帯)が ある。同文庫では武内義雄訳注の旧版(1948)、金谷治訳注の新版(1963 〜)があり、近年その改訂新版(1999)が世に出た。『論語』のテクストは 断片のような短い言葉の集積であるが、本書では、その文のまとまりごとに、 漢文の原文とその書き下し文、現代語訳、語注が簡潔にまとめられ、大変 読みやすい。巻末に語句・人名の索引も備わり、便利だ。
 「温故知新」という言葉も『論語』によるものだが、正にそれにふさわしい 古典中の古典である。【下田祐輔】

 書  名 『目に見えないもの』(講談社学術文庫)
 著  者 湯川秀樹 
 解  説  湯川秀樹といえば日本初のノーベル賞に輝いた人であり、物理学 の方面はもちろん、敗戦後の日本人にどれだけの勇気を与えたか知れ ない。戦後生まれの男子に「秀樹」という名が少なくないことからもその 影響のほどがわかろう。私は前回「古典を読もう」といった。なのに、今度 は自然科学系の本である。節操のなさをなじられてもしかたない。だが、 君子ではない私でも豹変するのである。
 全体は3部に分かれていて、第1部は物理学の話だが、第2部と第3部 は湯川氏の自伝や随想になっている。私が好んで読むのは第3部、特に そのなかの「真実」という文章である。湯川氏の書かれたものを読むと、 その根底に東洋的なものの考え方があることを感じる。実際、孟子が好き だったそうだ。そうなると、分野は違ってもやはり「古典を読もう」ということ になろう。読書好きだった湯川氏のことば。「読書は人生の大きな喜びの ひとつである。一巻の書をてにしておれば、この喜びはどんな時どんな所 でも味わうことが出来る。必ずしも燈火親しむべき季節をまたなくてよい。 春夏秋冬皆可なりである」(同書126頁)。読書を楽しみましょう。【近藤政行】

 書  名 『サブカルチャー文学論』(朝日文庫)
 著  者 大塚英志 
 解  説  今日紹介する本は、大塚英志の 『サブカルチャー文学論』です。文学がブンガクと柔らかく表記される ように久しい時が流れました。いま漢字の文学なんてやっているのは、 大学のアカデミズムだけです。いまどきのヒトは、もっと軽ーくブンガク と戯れなくてはいけません。そんなセンスを磨く本です。これを読めば、 日本文学史AUなんてチョロク感じられます。単位修得のためにも是非、 是非ご一読ください。【上田穂積】

 書  名 『『坊っちゃん』の時代』(双葉文庫)
 著  者 関川夏央著 谷口ジロー画 
 解  説  「オタク」という言葉が一般に広まってどのくらいたつでしょうか? 「オタク」は特別な男性だけの問題なのでしょうか?この本はまさにその 「文学史」というと、堅苦しい暗記ものというイメージがあるのではない でしょうか?この本は明治の「文豪」を素材にしたマンガです。明治三十 八年、当時三十九歳だった漱石の周辺に集まる若者群像が魅力的に 描かれ、『学習マンガ 日本の歴史』などとはひと味違った、生々しい 歴史が感じ取れます。
 『座談会 明治・大正文学史』(岩波現代文庫)が、売れて いるというから驚きです。もちろん名だたる碩学の座談会なんだから、 面白いにきまっていますが、やはり文庫になって装いを改めた効果も 大きいでしょう。明治の文学は、ちょっと冷めた目で見ると思いの外 楽しいのです。
 この本の解説で作家の高橋源一郎は、「文学の再利用」といっています。 そう、充分リサイクルが可能な代物なんですよ「文学」は。自然主義の 作品なども軽いノリで読んでみると、案外抱腹絶倒だったりするかも しれません。高橋氏の「小説版文学史」ともいえる『日本文学盛衰史』 (講談社文庫)も読んでみましょう。一葉も花袋もとんでもないヤツに なっています。【中山弘明】

 書  名 『漢字と日本人』(文春新書)
 著  者 高島俊男 
 解  説  周知のように、かつて日本には文字がなかったが、二千年ぐらい 前に中国から漢字が入ってきて、日本人は漢字を使い始めた。中国語の 文字を、日本語を表記する文字として用いるようになったのである。
 しかし、中国語と日本語とでは言語の類型が異なるため、漢字で日本語を 表記することは簡単なことではなかった。漢字の音に加え、訓という日本語 独自の読み方を発達させ、漢字の字体を簡略化することで仮名という音節 文字を生み出すなど涙ぐましい努力のすえに、日本語を表記する方法を 確立していった。また、漢語が大量に入ってきて日本語の語彙の重要な 位置を占めるようになり、日本独自の漢語(和製漢語)も造り出した。
 明治から昭和にかけて漢字の使用をやめようという運動があったが、もはや 漢字は日本語に無くてはならない文字となった。
 本書は、日本人が中国の文字である漢字とどのように格闘し日本語の文字 としていったかや、これから日本人はどのように漢字と付き合っていくべき かなどについて論じている。直接語りかけるような文章で大変読みやすく、 ときおり顔を見せる毒舌も適度なスパイスとなっている。【青木毅】

 書  名 『深呼吸の必要』(晶文社文庫)
 著  者 長田 弘 
 解  説  書と同じタイトルのコミックや映画、小説、それにCDもある。それ らと本書との関係を私は未だ知らないが、それらが作られるよりずっと前、 1984年に初版が刊行されて以来、刷を重ねているのが、ここで取り上げ る長田弘の詩集、『深呼吸の必要』である。
 ゆったりとした版組みに、親しみやすい言葉で書かれた散文詩が33編。 折々に木のシルエットのイラストが挟まれている。活字もイラストも全て、 クリーム色の本文用紙に深緑色のインクで印刷されている。その紙面を見 ただけで、深々と息をしたくなるような気分になる。ゆっくりと頁をめくる と、日常のなかの、ささやかな、けれども実はとても大切な何かを思い出さ せるような詩の数々。
 私は学生の時に、偶然この本を書店で手に取り、なにか素敵な宝物を見 つけたような気持ちになったことを今もありありと思い出す。詩が好きな人 にはもちろん、普段、詩集をあまり開くことがない人にも是非、お勧めしたい。 【下田祐輔】

 書  名 『究極版/逆引き頭引き日本語辞典』(講談社+α文庫)
 著  者 小内 一 
 解  説  日本語の表現を見渡してみると、名詞と動詞が結び付いた 表現が多いことに気づきます。そして、「骨を折る」「目くじらを立てる」 のように、成句となったり慣用的に使われているものがかなりあります。 この本は、そのような名詞と動詞とが結び付いた実例を数多く集めた 文庫版の辞典です。一番の特徴は名詞からでも動詞からでも惹けると いうことです。
 たとえば、「風が吹いて葉が動いていること」を表したいときは、 「葉」を引けば「動かす、きらめかせる、そよがせる、鳴らす、ひるが えす、揺らす」などの動詞が出てきます。また、「場数を踏む」という 言い方が思い浮かばないとき「踏む」を引けば「場数」が出てきます。 便利でしょう。度忘れしたとき、ぴったり来る表現を探しているとき、 この辞典があれば、即解決です。【近藤政行】

 書  名 『敬語再入門』(丸善ライブラリー)
 著  者 菊池康人 
 解  説  敬語について解説した本はごまんとあるが、あまりに多す ぎてどれを読めばよいのか迷ってしまうという人もいるのではないか。 市販されている敬語の本には、敬語の仕組みを詳しく述べた〈教科書〉 タイプと敬語の使い方を具体的に述べた〈実用書〉タイプの二種に 大きく分けることができる。
〈教科書〉タイプは、たとえば国語の先生や日本語教師をめざす人が 読むべき本であるが、必ずしも実用的ではないため、日常的に敬語を 使う機会の多い営業や接客業に携わる人には向かない。そのような 人には〈実用書〉タイプが役に立つが、このタイプにはマニュアルの ように型にはまった説明のものが多く、応用が利かないという問題点 がある。
 その点、本書は、両タイプの特長を兼ね備えており、敬語の仕組みを 学びたい人にも実際に敬語をうまく使えるようになりたい人にも勧め られる本である。通読すれば、現代日本語の敬語について一通りの 知識を学ぶことができるし、項目が細かく分かれており詳しい索引も 付いているので、必要なことをすぐに調べることもできる。なお、本書 の初版は平成8年であるが、敬語の5分類の考え方がすでに述べられ ている。【青木毅】

 書  名 『エロティシズム』(ちくま学芸文庫)
 著  者 ジョルジュ・バタイユ著 酒井 健訳 
 解  説  フランスの思想家バタイユは、理性を超えた人間の根源を 探求しました。バタイユが活躍した時代は、第一次大戦と第二次大戦 の狭間の時期です。既成の権威が壊れ、その下から、思いも寄らぬ 様々なものが姿を現しました。彼はそれを「非−知」と呼んでいます。 ニーチェの思想とも深く関係があります。「エロス」は、バタイユが 最も深く追求していたテーマです。
 「エロイ」とよく言いますね。現代は「エロ」の時代でも ありますが、その実態を誰も真面目に考えようとはしません。「卑猥だ」 と眉をひそめたり、逆に「エロ」を謳歌しているばかりです。理性を 超えた、分けの分からぬものについて考えることを恐れているのでは ないでしょうか。バタイユは、「エロス」を人間の自由に結びつけます。 文学の根本に働いているものも「エロス」という情動であり、それは人 を解放しつつ死へと誘う力だと言うのです。生きていることの根底を 揺さぶられる本です。【中山弘明】

 書  名 『漱石詩注』(岩波文庫)
 著  者 吉川幸次郎 
 解  説  小説家夏目漱石を知らない人はいるまい。その数々の名作 は改めてここに取り上げる必要もないと思われるが、漱石が優れた詩人 (この場合、「詩」とは伝統的な字義の通り「漢詩」を意味する。)でも あったことは、案外知らない人が多いのではないだろうか。青年期から 『明暗』執筆中の最晩年に到るまで、漱石にとって「詩」は自分を満たす 重要な表現の器の一つであったのである。
 中国文学の碩学であり本書の訳注者である吉川幸次郎氏は、本書巻頭 の長い「序」のなかで、日本人の漢詩の中で例外的な「思索者の詩」と して、以前この欄で取り上げた良寛の詩などとともに、漱石の詩の価値を 強調している。
 本書は岩波新書の一冊として1967年に刊行されて以来愛読されて来た。 詩の原文に総ルビの読み下し文、詳しい語注を付す。2002年に岩波文庫 (青帯)の一冊として、作品を増補し、一海知義氏の解説、更に便利な 詩句索引を備えて装いも新たに刊行された。今後も長く読み継がれていく だろう。急がずにじっくり読み味わいたい一冊としてお勧めしたい。 【下田祐輔】

 書  名 『幕末維新パリ見聞記』(岩波文庫)
 著  者 成島柳北・栗本鋤雲著 井田進也校注 
 解  説  3年計画で放映される司馬遼太郎の「坂の上の雲」を見ています か?この本は、日本が近代化を迎えるその時代に、先覚者として初め て欧米の世界を直視した人たちの「記録」です。平成を生きるわたくし たちの〈生活〉は、そこを原点として始まったのだ。難しいこの時代を 生きるわたくしたちのひとつの根拠して是非一読をお勧めしたい。 【上田穂積】

 書  名 『地底旅行』(岩波文庫)
 著  者 ジュール・ヴェルヌ作 朝比奈弘治訳 
 解  説  私どもが小学生のころ、地面を掘り進んでいくとブラジルに出る などといって喜んでいた。そんなことを言っているうちに地球の裏側の国 のことがなぜか身近に感じられ、運動会のときの万国旗のブラジルの旗 が印象深く見えたものだ。この「地底旅行」という小説、題のとおり地底 を旅行というより「探検」します。きっかけはたまたま手に入れた、謎の 文字で書かれた文書。その「解読」から始まります。「探検」「解読」なん だか胸がわくわくしませんか。
 この本が刊行されたのは1864年、日本でいえばまだ江戸時代です。 そんな昔に書かれた小説なのに、衝撃的な出来事が昨年2009年にあり ました。この作品に、地底に入ってから雲母片岩の層を目にする箇所が あり、「まるで光線が無数のきらめきとなって砕け散る巨大なダイヤモ ンドのなかの空間を旅しているような心持ちだった。」と書かれているの ですが、まったくそのとおりの地底が「NHK特集」で取り上げられた のです。巨大な水晶が何本もそそり立つ白い光の世界です。もちろん、 ヴェルヌはそこへ行ったことはありません。恐るべき想像力ですね。
 ストレスを感じる日々、「わくわく」心を取り戻したくなったら手にとって 見てください。【近藤政行】

 書  名 『ジプシー歌集』(平凡社ライブラリー)
 著  者 ガルシーア・ロルカ著 会田 由訳 
 解  説  スペインの詩人・劇作家ガルシア・ロルカ(1898〜1936)は 内戦の時代、音楽・詩・演劇を合体させた人物として知られてい ます。その詩は、さまよえる「アンダルシアの魂」として熱く人々の心 を捉えているのです。「みどりよ わたしはおまえを愛する みどりよ。 みどりの風よ。みどりの枝々よ。海に浮かぶ小舟よ。山間の馬よ。 腰まわりに影を刷きかの女は手すりで夢みている、みどりの肉体  みどりの髪、冷たい銀色のまなざしをして。」
 「スペイン」というと何をイメージしますか?普通の 日本人なら、フラメンコや闘牛と答えるでしょうね。「ドン・ キホーテ」も、セルバンテスが創ったキャラクターです。ロルカは スペインを「死が国民的な見世物となる国」とよんでいます。これも、 闘牛を念頭に置いているのでしょう。第一次大戦後、スペインは 激動期に入りました。フランコ将軍が独裁制を敷き、あちこちで 内戦が起こったのです。しかし、芸術にとっては面白い時代でも あります。画家のダリやピカソが活躍することになるからです。 ロルカも彼等と熱く関わり、そして戦乱の中、三十八歳で銃殺 されたのでした。【中山弘明】

 書  名 『澁澤龍彦日本作家論集成』(河出文庫)
 著  者 澁澤龍彦 
 解  説  現代文学の鬼才渋澤龍彦の作家論集成です。彼が認める「日本 現代文学」とは何かが理解される一冊です。普段、大学で勉強する「文学 史」とはまったく異なる視座によって構築された一篇の文学史としても 通読可能です。新年の一冊として、新鮮な渋澤の息吹に触れてみませんか。 【上田穂積】

 書  名 『日本語の歴史』(岩波新書)
 著  者 山口仲美 
 解  説  日本語の歴史を知ることにどういう意味があるのか。実用的 な意味で何かの役に立つということは考えにくいかもしれない。しかし、 現代日本語が過去の日本語と切り離されたものではなく、太古から変化し 続けてきた末に存在していることからすれば、そこに至るまでの過程を 知ることに少なからぬ意味はあると思われる。
 現代日本語については、いわゆる「若者言葉」を中心に「日本語の乱れ」 が叫ばれているが、それらをすべて「乱れ」と捉えてよいのであろうか。 「日本語の乱れ」を憂慮することは今に始まったことではなく、いつの 時代にもあったことであるが、「乱れ」は所詮「乱れ」であり、消えてしまう 運命にある。正当な「変化」であれば必然的な理由があり、必然的な理由が あればその「変化」は定着するのである。現代日本語に進行しつつある 状況は「乱れ」なのか正当な「変化」なのか。日本語の歴史を知れば、それを 見極めるヒントが見つかるかもしれない。
 本書は、専門的な内容を分かりやすく魅力的に語ることで、一般の人にも 興味を持ってもらうことを目指して書かれている。ちなみに著者は、知る人 ぞ知る、テレビでもおなじみのあの人だ。【青木毅】

 書  名 『一日一禅』(講談社学術文庫)
 著  者 秋月龍a 
 解  説  中国で興った「禅」は鎌倉時代に日本に伝えられて以来大いに 隆盛し、日本の文化に深い影響を与えた。さらに日本発のZENは世界中 に広がり、今なお、生きる道を探究する人の礎の一つとなっている。
 禅の思想の神髄をことばによる説明で簡単に理解することはできない。 つまり説明を読むだけで「悟り」を得ることはできない。自ら参究し会得 するほかはないのだ。ただ、参究者を導くために禅の師家達が発した 様々な言葉・問答がある。それを集めて解説を付したのが本書である。
 ナンセンスなやりとりを俗に禅問答という。そのように、???という 言葉も少なくはない。その訳の分からなさが面白くもあるが、なにか心の 琴線に触れる言葉、あるいは痛快な言葉もある。各語に添えられた解説 は、「答え」ではなく参究のヒントを示すのみであるが、これが実によい。 それらを読み進めているうちに、少しずつ、禅とはいかなるものかが分かっ てくる。手軽に読める入門書であると同時に、より深く参入するためのこよ なき導きともなるという希有の書であると思う。
 本書は講談社現代新書(上・下)として1977年に刊行され、2003年に学術 文庫として装いも新たになった。文庫化にあたり、図版は全て省かれたが、 上下が合冊されて一冊となり、便利になった。30年以上のロングセラーで あることが本書の価値を物語っている。【下田祐輔】

 書  名 『水晶』(岩波文庫)
 著  者 シュティフター作 手塚富雄・藤村宏訳 
 解  説  シュティフター(1805−68)はオーストリアの作家。「水晶」は1853年 に出版された『石さまざま』に収められている短編。この作品はひとことで 言えば、美しい童話のような作品である。シュティフターははじめ絵描きを 志したという。それだけにその自然描写は素朴でありながら美しい。「抑制 の美」というのはまさにこのことだろうとつくづく思う。北杜夫の『どくとる マンボウ青春記』にはドイツ語の授業で「水晶」を読んだという一節がある。 原文で「水晶」が読めるなんてなんと幸せなことだろう。【近藤政行】

 書  名 『群衆』(中公文庫)
 著  者 松山巌 
 解  説  最近「般ピー」なる言葉を聞くときがあります。「一般人=一般 ピープル」の略なんだそうですが、ヘンな言葉ですね。でも、この「般ピー」 なる言葉の背景について考えたことがありますか?元々は流行らなくなった 「大衆」(仏教用語が始まりで「だいす」と読んだらしい)の言い換えなの でしょうが、そもそもこの「大衆」の概念は自明のものではありませんでした。 本書はその「大衆」を〈群衆〉という視点から考え直してみた画期的労作です。 春休み、頭を遊ばせてしまうのでなく、大いに刺激な書物を読んでみましょう! 【上田穂積】

 書  名 『十九歳の地図』(河出文庫)
 著  者 中上健次 
 解  説  鬱屈した毎日を送る十九歳の新聞配達の少年。彼は不快な大人 社会に向けて、ささやかな、そして恐ろしい反撃を試みる…。46歳で死んだ 中上健次の、若き日の名作。この暗く、重い文体の中からにじみ出てくるもの は、ある意味、男性にしか分からないものかもしれない。
 「フリーター」「ニート」という言葉が、世間に満ちあふれて います。しかし彼等の本当の心情にメディアは迫ろうとしているでしょうか? 絶望や挫折、屈折と焦燥。「勝ち組」を自認して肩で風を切っている人達には 無縁かもしれませんが、それは常に我々の目の前にあることを、この作品は 教えてくれます。新聞配達の少年は、地図に×をつけることで、それを自分 の生きるよすがとしています。「何にもなれない」自分とは、いったいどんな ものでしょうか。これを「ネクラ」などとかたづけて笑っている人は、この際 自分を恥じたほうがよいでしょう。必読の書です。【中山弘明】

 書  名 『論理的に考えること』(岩波ジュニア新書)
 著  者 山下正男 
 解  説  日本語の歴史を知ることにどういう意味があるのか。実用的な 意味で何かの役に立つということは考えにくいかもしれない。しかし、 パソコンや携帯電話の普及により電話の代わりに電子メールを使う人 が増えているのではないだろうか。情報通信技術の発達により、 かえって文章を書く機会が増えているようにも見える。そのような状況 の中、近年の漢字・日本語ブームとあいまって、〈文章の書き方〉に関 する本は次々と新刊が出版され売れ続けているが、その効果はいかほど であろうか。思うに、分かりやすい文章が書けるようになるには、まずは 論理的思考力を身に付けることが必要なのではないだろうか。それがない まま〈文章の書き方〉の技術を学んでも、言葉はりっぱだが何が言いたい のか分からない文章しか書けるようにはならないと思われる。
 本書は、論理学の本ではあるが、中学生でも読めるように分かりやすく 書かれている。難しいと感じるところもあるかもしれないが、本書が読破 できれば、論理的思考力に自信をもって良いかもしれない。論理的 思考力は、現代社会に溢れている厖大な情報の波におぼれてしまわない ためにも身に付けておくべき能力である。【青木毅】

 書  名 『宮沢賢治全集7』(ちくま文庫)
 著  者 宮沢賢治 
 解  説  以前この欄で賢治の詩集を取り上げたが、今度は散文(童話) の作品をお勧めしたい。
 ここで取り上げるのは主に『新修宮澤賢治全集』に基づき文庫本の形 でまとめられたもので、全8巻からなる。その第7巻(童話3)は代表作 「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「セロ弾きのゴーシュ」など15篇を収録 する。子供も大人もそれぞれの立場で味読できる名作である。
 賢治の作品はさまざまな形で出版され、親しまれている。現代の子供 でも読みやすいように手を加えたものもある。その中で敢えてこの 全集本をお勧めするのは、一つには、厳密な本文研究に基づき、作者 の自筆原稿に従ったテクストであること。もう一つには、原稿の形で 残されている賢治の多くの作品には推敲過程を示す異稿(草稿)がある のだが、それをもこの文庫版全集は収録しており、テクストの生成過程を 追いつつ読み、考察することができる、ということによる。この本を手に すればあなたもすぐに賢治の魅惑的な作品世界の探究者になれます。 文庫本だから気軽に手にすることが出来るのが楽しい。(ただし1冊が 600頁を超えるボリュームではあるけれど。)【下田祐輔】

 書  名 『十二の意外な結末』(新潮文庫)
 著  者 ジェフリー・アーチャー作 永井 淳訳 
 解  説  「意外な結末」の短編を12集めた短編集。意外な結末あるいは どんでん返しといえば、オー・ヘンリーとかサキといった作家を思い浮か べる。日本には星新一という名手もいる。(ちょっと古いかな)。しかし、 このジェフリー・アーチャーもなかなかやる。なんでも12のうち10編は 実際の出来事に基づいているらしいが、いずれも彼独自の味付けが してあって、読ませる。勉強や仕事に疲れたとき「癒し」を求めるのも いいが、こんな短編を読んで気分をスカッとさせたい。【近藤政行】

 書  名 『日本という身体』(河出文庫)
 著  者 加藤典洋 
 解  説  「日本」という概念は一体どういうものなのでしょうか?イデオロギー 的な意味ではさまざまに議論されていることですが、「精神史」や「思想」 の次元でわかりやすく書いた書物はあまりありません。加藤典洋のこの本 は珍しく有効な視点を提供しています。「文学」を考えていくうえでもとても 示唆的な内容です。乞一読!!【上田穂積】

 書  名 『日本語「ぢ」と「じ」の謎』(光文社知恵の森文庫)
 著  者 土屋秀宇 
 解  説  日本語の歴史を知ることにどういう意味があるのか。実用的 な意味で何かの役に立つということは考えにくいかもしれない。しかし、 日本語の仮名には、文字が異なるのに発音が同じものがある。本書 の表題となっている「ぢ」「じ」や「づ」「ず」などは(これらを併せて「四つ 仮名」と言う)、その代表的なものと言えるだろう。「ち」と「し」、「つ」と 「す」はそれぞれ異なる発音であるのに、なぜその濁音同士では発音 に区別がないのだろうか。簡単に言えば、もともと異なっていた発音が 時代の移り変わりとともに変化し同音になったためである。その結果、 同じ発音を持つ2種類の仮名を、発音とは別の基準で使い分けなければ ならなくなった。その必要性から生まれた〈きまり〉がいわゆる「仮名遣い」 である。
 本書は、近代における国語改革の結果として生まれた「現代かなづかい」 (後に「現代仮名遣い」に改訂)と「当用漢字」(後に「常用漢字」に改訂) について、その問題点を指摘しつつ、日本語の表記に関する〈謎〉を分かり やすく解き明かしている。
 小学校から当たり前のように学んできたことが、いかに矛盾に満ちている かを知り、怒りで眠れなくなるかも(?)しれません。体調を整えてからお読み ください。【青木毅】

 書  名 『デモクラシーの帝国』(岩波新書)
 著  者 藤原帰一 
 解  説  「帝国」というと、われわれは「ローマ帝国」や「大英帝国」を考え ます。筆者は、むしろ現代ではアメリカこそが、新しいタイプの「帝国」だ と言います。米ソの冷戦が終わり、同時多発テロやアフガン戦争など、 今やアメリカこそが世界に君臨し、そのことへの風当たりも相当なもの です。筆者は、元来多民族国家だったアメリカが、「普遍的な理念」と してのデモクラシーによって世界を支配していると分析します。
 「アメリカ」のイメージはどうでしょうか?コカコーラ、マクド ナルド、ジーンズにTシャツ…。私たちは、深く考えないところで、多くの 「アメリカ」を消費しています。このように世界各地に広まったアメリカ 文化の原点に、デモクラシーがあると筆者は考えます。それは無条件に 正しい政治的理念のように見えますが、果たしてそうでしょうか。世界を 制覇する「アメリカ」に、日本人はどう向き合えばよいのか、大きな課題 です。【中山弘明】

 書  名 『漢詩のこころ 日本名作選』(講談社現代新書)
 著  者 林田愼之助 
 解  説  日本の韻文学の歴史に日本漢詩という重要な一ジャンルがある ことは、学界ではすでに認知されているとはいえ、一般的にはやはり マイナーな分野であろう。でもその世界は実は広くて深い。だからこそ、 本欄であえておすすめしたいのである。
 さて、本書は、日本漢詩のさまざまな作者を知り、気軽に味わうのに うってつけの好著である。空海・菅原道真・武田信玄・伊達政宗・徳川 光圀・高杉晋作・西郷隆盛といった歴史上の著名人から、菅茶山・亀田 鵬斎・菊舎尼・良寛・柏木如亭・広瀬淡窓などの江戸時代の詩人、近代 の夏目漱石に至るまで、多くの作者とその詩が登場する。現地踏査に 基づき、作品の味読はもとより、作者の豊かな人間像や時代背景も 浮かび上がってくる。
 本書を読んで、日本漢詩の多彩で奥深い世界に興味を持った人は、 『江戸詩人選集』『江戸漢詩選』(ともに岩波書店)『日本漢詩人選集』 (研文出版)等の巻々、またすでに本欄にも取り上げた『良寛詩集』 『漱石詩注』なども是非手に取ってみられることをお勧めしたい。 【下田祐輔】

 書  名 『謹訳源氏物語』(祥伝社)
 著  者 林 望 訳 
 解  説  2008年の源氏物語千年紀はお祭り騒ぎで終わり、源氏ブームも漸く 冷めたと思いきや、ここへきて、源氏物語の現代語訳が盛んなのだ。2008 年に大塚ひかりの全訳がちくま文庫から出たかと思うと、本年2010年に林 氏の「謹訳」である。
 源氏の現代語訳とくれば誰しも冒頭の「いづれの御時にか、女御、更衣 あまたさぶらひ給ふなかにいとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて ときめき給ふありけり」がどのように訳されているかに注目したいところ。 林氏はこう訳す。「さて、もうむかしのこと、あれはどの帝の御世であったか。 …。宮中には、女御とか更衣とかいう位の后がたも多かったなかに(下略)」。 「語り」であることを改めて認識させるのである。そしてまた現代語訳にとかく ありがちな、古語と現代語とのギャップも感じさせずに、現代人が読んでその まま楽しめる作品になっている。
 ただ、これは好みの問題だが、私は以前から「本を読んでの感想」式の言 い方に閉口している。「本を読んだ感想」でいいではないか。「謹訳」にもそれ が登場する。「まったく、死んでの後まで、人の胸を鬱陶しくさせるあの女への ご執心ぶりだこと」(桐壺19ページ)。「死んだ後」となぜ言えない。こんな細か なことが気になるのも「謹訳」がそれだけこなれた現代文になっているから なのだろう。【近藤政行】

 書  名 『芥川龍之介書簡集』(岩波文庫)
 著  者 石割 透編 
 解  説  若くして自死した悲劇の作家としての芥川龍之介、こんなイメージ をお持ちではありませんか。確かにそうした一面もありますが、彼も一人 の男性として、夫として、父として、ある時代を懸命に生きた人間だった ことには変わりありません。ここに所収された数々の手紙は、そうした 「人間・芥川龍之介」の実態を明らかにしてくれます。文学史に登場する 昔の有名作家ではない生身の人柄に触れてみてはいかがでしょうか? きっといままで以上に彼を身近に感じられると思います。【上田穂積】

 書  名 『受験生のための一夜漬け漢文教室』(ちくまプリマー新書)
 著  者 山田史生 
 解  説  なぜ漢文を学ぶのか。日本文学に多大な影響を与えた中国文学 を学ぶ必要があるからか。もしそれだけなら、日本語に翻訳したものを 読んでもいいはずである。返り点や送り仮名の付け方を学び、それら 訓点に基づく読み方を学ぶことを求められるのはなぜなのか。おそらく それは、漢文と日本語との間には切っても切れない関係があるからで あろう(学習指導要領に何と書いてあるかは知りませんが)。
 日本語の文字・語彙としてなくてはならない漢字・漢語が中国から借用 されたものであることは言うまでもないが、そのことにとどまらず、日本語 の文章自体、漢文の訓読によって成立したと言っても過言ではないので ある。日本語にもともと文字がなかったということは、日本語には、話し 言葉はあっても書き言葉(すなわち文章)は存在していなかったことになる。 漢文を訓読しそれを文字に書きとめた時に、初めて日本語の文章が生ま れたと言える。
 本書は、「漢文は日本語だ」(漢文訓読とは古代の中国語を日本語として 読もうとすることだ)という考えのもとに、漢文訓読の基本(漢文と日本語と の関係から漢文の読み方まで)を〈父〉と〈娘〉との対話形式で分かりやすく 解説している。受験生だけでなく、一般向けの教養書としてもお勧めである。 【青木毅】

 書  名 『ヴェニスの商人の資本論』(ちくま学芸文庫)
 著  者 岩井克人 
 解  説  シェイクスピアの『ヴェニスの商人』を糸口にしながら、貨幣経済 というものが本質的に持っている矛盾と危機を論じている。筆者は辛口 の経済学者。とは言っても難しい経済理論の書ではないのでご安心を。
 『ヴェニスの商人』という作品を知っていますか?ユダヤ人の 強欲な金貸しシャイロックが、恋と商取引を秤に掛けて失敗して自滅する 有名な芝居です。この本で筆者は、『ヴェニスの商人』を使って「お金」と いう我々の生活の根源について鋭い問いを発しています。
 「お金」って何でしょうか?考えてみるとそれは紙切れであり、金属物質 (最近は電子マネーもあるけれど…)ですよね。でも我々が「お金」を使う 時そんなことは考えない。一万円の紙切れの方が、千円の紙切れより 価値があると思い込んでいる。でも、社会変動が起こるとどうでしょうか。 バナナ一本一万円になるかもしれない。インフレです。この本はお金に ついての我々の「常識」をひっくりかえしてくれます。【中山弘明】

 書  名 『漢詩百首』(中公新書)
 著  者 高橋睦郎 
 解  説  本書は、中国及び日本の古今の漢詩人計百人の作から愛誦 に足る名句を選び、訓読文でそれを示し、解説を施したものである。 中国の文化である漢詩文が日本語を極めて豊かなものにしたという 観点から作品が味読され、また併せて収録されている「漢詩は日本 語の財産」(鈴木健一氏との対談)、「漢詩への感謝」(北京大学での 講演録)において、その主張を具体的に論ずる。日本では奈良時代 以来、そして特に近世から近代にかけて漢詩が非常に愛好されたの だが、それはなぜなのか。そのことが本書を通して腑に落ちてくる だろう。漢詩が好きな人はもとより、漢詩は苦手と敬遠している人も、 本書から得るところは多いと思う。【下田祐輔】

 書  名 『14歳からの哲学』(トランスビュー)
 著  者 池田晶子 
 解  説  「14歳」と聞いてバカにするなと怒らないでください。哲学に14歳 も18歳もありません。ものを考えれば哲学なんですから。
 ただ、14歳の人にもわかるように平易な文章で書かれていることは確 かです。そしてこの本のすごいところは、まさにそこなんです。哲学という 難しいことを日常の平易な言葉で書いているということなんです。哲学は 難しい言葉を使わなくても哲学できるんです。人間は一度は考えるときが あります。「自分」て何だろう。「生きている」て何だろう。「恋愛」て何だ ろう。でも、考えて答えは見つかりましたか。答えなんかあるわけないと あきらめたり、やけを起こさないでください。この本を読みながら一緒に 考えるのです。【近藤政行】

 書  名 『明治文壇の人々』(ウェッジ文庫)
 著  者 馬場胡蝶 
 解  説  明治という時代を生き抜いたひとりの表現者からみた「文学」とは、 一体どういうものだったのでしょうか。一葉や鴎外と直接知っている人間 の言葉は、「文学史」などの勉強を通して〈知識〉としてある人間を知って いるのとはまったく別の趣を持っています。従来、古書として高価で入手 困難だった本書が文庫本化されたのは、その意味で、画期的だと思います。 せっかく日本文学に興味を抱いたのですから、ときにはこのような〈生の声〉 を聴いてみてはどうでしょうか?また、新しい発見があるかもしれません。 【上田穂積】

 書  名 『日本語の起源 新版』(岩波新書)
 著  者 大野 晋 
 解  説  日本語はどこからきたのか?日本語の起源がどこにあるのかと いう問題は、日本人の起源の問題とともに多くの日本人の興味を引いて やまない。古来より諸説が提示されてきたが、今なお定説を見ない難題 である。日本語では、中国語の文字である漢字を用い、漢字をもとにして 作られた平仮名・片仮名を使っているが、だからと言って、日本語の起源 が中国語であるとは言えない。文法・語彙・発音が全く違うし、そもそも 日本語自体は漢字の伝来よりはるか昔から存在していたはずである。
 では、朝鮮半島の言語(朝鮮語・韓国語)はどうだろうか。近年の韓流 ブームで韓国語を勉強した人ならお気づきのことと思うが、韓国語の文法 (つまり語順)は驚くほど日本語と類似している。そのため、韓国語(朝鮮 語)と日本語とが起源を同じくすると考える人もいるかもしれない。
 ただし、起源が同じであるとすれば、何百という基本語について語形・ 語義の類似性が認められなければならないが、日本語と韓国語との間 にはそれが認めがたいのである。
 本書では、南インドで話されているタミル語という言語が日本語の起源 であることが論じられている。この論を荒唐無稽と捉えるか、あり得る説と 考えるかは、ぜひ実際に読んだ上で判断してほしい。【青木毅】

 書  名 『リルケ詩集』(新潮文庫)
 著  者 リルケ作 富士川英郎訳 
 解  説  二十世紀ドイツ最大の詩人リルケ。この詩集には初期の 『時祷集』から『形象集』、『新詩集』、そして代表作の『オルフォイ オスのソネット』を経て晩年の詩までが収められている。
 「いつひとりの人間が/今朝ほど目覚めたことがあったろう/  花ばかりか小川ばかりか/屋根までもが歓喜している」
訳も格調が高い。
 詩を読むことはありますか?現代の慌ただしい生活は、 詩を我々の日常から奪ってしまいました。何か詩集を手にしたいと 思っている人、リルケはどうでしょうか。特に生きることが不安になった 時、リルケの言葉は真の励ましになります。それは詩を通じて生きる ことを模索した言葉がそこにあるからです。
 堀辰雄、立原道造、伊東静雄、丸山薫といった日本の詩人も、戦争 に向かう厳しい時代にリルケを読みました。A・ベルクやP・ヒンデミット のような近代の作曲家も、リルケの言葉に触発されて歌曲を書いて いるのです。リルケを読んだら次に同じドイツのヘルダーリンも読み ましょう。もっともっと詩を読みましょう。【中山弘明】 

 書  名 『知的創造のヒント』(ちくま学芸文庫)
 著  者 外山滋比古 
 解  説  近年、同著者による『思考の整理学』(ちくま文庫)という本が 売れに売れているという。日本を代表するT大・K大で1番読まれた本 などという文句が広告にも踊っている。私はそういうノリには背を向け たくなる性分ではあるが、これは読んでなかったので遅まきながら読ん でみた。確かに良書である。だがここではあえてそこをはずして、表題 の書を取り上げようと思う。
 この『知的創造のヒント』は1977年に講談社現代新書の1冊として 刊行された。私自身、大学で卒業論文という形で初めて文学研究に 着手したときから、なんども本書を読んで、文字通り知的創造のヒント を授かった。長いこと苦しんでいて、ふと、良いアイデアがひらめいた ときの喜びはなににも代え難いものだ。
 本書が執筆された当時はまだパソコンやワープロが手近なツールでは なかった。爾来三十余年、パソコンはあらゆる知的生産の効率的な仕事 に不可欠なものとなった。なのに、今読んでも本書の価値はすこしも薄れ ていない。知的創造は効率では測れないものだと改めて思う。本書が2008 年にちくま学芸文庫として再刊されたのもうなずける。大学生活を有意義 に送りたい人、研究の面白さに目覚めたい人に有益な書として広くお勧め したい。【下田祐輔】  

 書  名 『思考の整理学』(ちくま文庫)
 著  者 外山滋比古 
 解  説  思考を整理して創造につなげるには「忘れる」ことも必要である など、思考の整理のためのヒントが次々に飛び出す。そのヒントは独創 的だが特殊なものではない。だから1986年からのロングセラーというの もうなづける。考えるための方法をいろいろと考えさせられているうちに、 考えることの楽しさを味わえる本である。【近藤政行】  

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